老麺とエステル香についての小さな発見
2024.12.12
ビールの香りで「エステル香」って聞いたことがありますか? ヴァイツェンなどのクラフトビールが放つ、バナナのような甘い香りです。この香りは、酵母がアルコール発酵を行う過程で、アルコールと有機酸が結合して生まれるもの。ヴァイツェン特有のもったりしたテイストとエステル香の絶妙なコンビネーションは、クラフトビールファンにはたまらない魅力です。
しかし、今日はビールではなく、発酵生地「老麺」のお話。老麺は中国で古くから使われている発酵生地で、当店「ここくらふと」でも、叉焼包やマーラーカオなどの点心の膨張生地に活用しています。
冬の老麺スターターでの発見
最近、冬の老麺スターターを起こすため、店舗(市ヶ谷)と自宅で実験をしてみました。小麦粉と水を混ぜて瓶に入れ、発酵させるだけのシンプルな方法です。ところが、自宅で作った老麺からエステル香が漂ってきたのです!
通常、老麺はバクテリアがメインで発酵します。そのため、生地はびよーんと粘るような伸びが特徴です。しかし、今回自宅で作った老麺はスプーンですくうとサクッとした感触がありました。
「このサクッと感は炭酸ガスが発生してる」と気づき、しかも、いい香りが漂う。鼻を近づけてみると、……そう、やっぱり、ヴァイツェンのようなバナナ香! 酵母が思ったよりも増えているのではないかと感じた瞬間でした。
ちなみに、市ヶ谷の店舗で作った老麺は酸っぱい匂いがするだけで、いつもの老麺でした。
我が家の発酵環境
ここで、自宅の特異な環境について触れておきましょう。
1. 温度管理
冬場ということで、ヨーグルトメーカーで約30℃に6時間ほど保温して発酵を進め、その後は常温で放置しました。この温度が酵母にとって理想的だった可能性があります。
2. ビール缶のゴミ
飲み終えたビール缶がゴミ箱に大量にあり(笑)。微量のビール酵母が老麺に影響を与えたのではないかと推測しています。「ビールは一滴も缶に残すな!」といつも家族に叱られておりますが(苦笑)、この環境が今回の発見の一助になったかもしれません。
3. 味噌樽
自家製味噌を作っているため、ここに生息する酵母やバクテリアが発酵プロセスに関与した可能性があります。
これらが複雑に絡み合い、老麺にエステル香を生む酵母が増えた可能性があります。
GPT大先生とも議論を重ねながら、「我が家の発酵環境、何かすごいかも?」と楽しく仮説を立ててみた次第です。
老麺の発酵プロセス
老麺は、小麦粉と水だけで発酵が進みます。小麦粉に含まれるデンプンは酵素の働きで麦芽糖(マルトース<2糖>)に、さらにグルコース(ブドウ糖<単糖>)へと分解されます。
通常、老麺の発酵では以下のプロセスが進みます:
- バクテリア(エンテロバクター・クロアカエGAO)
麦芽糖を栄養源として発酵初期に増殖します。 - 乳酸菌
徐々に乳酸菌が優勢となり、生地を酸性に傾けます。この段階でエンテロバクターの活動が抑えられます。 - 酵母
酸性環境下でもグルコースを利用してアルコール発酵を行います。ただし、老麺では酵母が優勢になることは少なく、炭酸ガスの生成量も限られます。
今回、自宅で作った老麺からエステル香がしたのは、酵母が予想以上に活性化した結果だと考えられます。
エステル香の謎
エステル香は、酵母がアルコール発酵を行う過程で生成されます。これが起きるためには、発酵初期に酸素が十分供給され、酵母が増殖していたことが必要です。今回の30℃保温中に好気性増殖が進み、その後嫌気性環境に移行してエステルが生成されたと推測されます。
今後、フタを少し緩めて酸素供給を調整したり、発酵温度を変える実験を通じて、この現象をさらに詳しく検証していきたいと思います。
GPT大先生の助けも借りつつ、「ヴァイツェン開栓直後に老麺を起こしたらどうなる?」という面白いアイデアも浮かんでいます。
歴史的な視点
古代中国では、バクテリア主体の老麺だけでなく、酵母を含む複合発酵技術が発展していた可能性があります。今回のようなエステル香の発見を通じて、古代の発酵技術に思いを馳せると、新たな視点が得られるかもしれません。